2013年11月28日木曜日

サンタクロースのスキーヤー

鎌倉の路地裏にひっそりと佇む『葛楽堂』の暖簾をくぐれば、店の奥からオヤジがジロリと睨む。抱えたモノをドキドキしながら鑑定台の上に置くと、オヤジがすかさず言った。「今日は何をもってきたんだ?」


今回はね。”サンタクロースのスキーヤー”。ゼンマイ仕掛けのブリキ玩具なんだけど、ちょっとトボけた表情の顔はソフトビニールで作られている。


ゼンマイを巻くと、両手のスティックで地面を突くように腕を振って、底部の車輪で前進する。

まるでスキーで滑っているように滑らかな動きだ。暫く走ると一端停止する。そして、クルリと方向を変えてまた走り出す。

プリントも丁寧にデザインされていて、柊の蝶ネクタイ,上着のボタンに積もった雪、ベルトにつけられた鈴、足下に飛び散る粉雪などが表現されいて見ているだけで楽しい。

サンタの背中に描かれているのは、"NORTH POLE"という文字だ。

どうやらこのサンタは北極からスキーでやってきたらしい…っていうかさ、本物のサンタならトナカイに乗ってくればいいじゃん! なんでスキー? なんで手ぶら?

やっぱりさ、この人は”サンタのコスプレイヤー”なんだと思うよ。だって、本物のサンタは、背中に"北極"(NORTH POLE)なんて描かないよ。

ところで、サンタクロースは永らく北極に住んでいると信じられていたけれど、今ではフィンランドに住んでいることになっているらしい。

これは、1925年にフィンランドの新聞が勝手に「北極では食料が不足し、トナカイに餌をあげることが出来なくなったため、サンタクロースは、フィンランドのラップランドに引っ越した」と発表したことが元になっている。

要するに言ったもん勝ちってことだ。調子に乗ったフィンランドは、1927年にはフィンランド公共ラジオ番組『子供の時間』で、「サンタクロースはラップランドのコルヴァチュンティリ(Ear Fell)に住んでいる」と、これまた勝手な設定を追加した。

これだったら誰もが勝手に、「サンタクロースはうちの庭に住んでる」とか、「焼き鳥を食ってるとこ見た」とかなんて主張するのもアリ!

本物のサンタクロースにしてみれば、知らないうちに住民票を移されたり、それを公表されたりするのも同然で、「こいつらには死んでも贈り物はやらん。むしろ、死んでしまえ! 死ぬべし死ぬべし!」と毒づき、クリスマスには背負った袋から木のクイを取り出して、雄叫びを上げながらそいつらの心臓に打ち込むことであろう。

さて、例え”スキーをするサンタ”の正体がコスプレイヤーだとしても、クリスマスソングは欠かせない。コスプレにはコスプレにふさわしいクリスマス・アルバムがあるのだ。

やっぱりお奨めは、ビートマスの楽しいアルバム、『クリスマス!

ビートマスは、スカンジナビアのビートルズ・コピーバンドで、本来のグループ名は“RUBBER BAND”。

クリスマスの時期だけサンタの扮装で、ビートマスとしての活動をしていた。

彼らが残したアルバムが、この『クリスマス!(XMAS! THE BEATMAS)』で、クリスマスのスタンダード曲をビートルズアレンジで機嫌よく歌っている。ときどき、本物のビートルズがビートマスに扮して歌ってるんじゃないかと思ってしまう。


「言いたいことはそれだけか?」、店主の声が響いた。私がうなづくと彼は続けた。


「しかし、お前が持ってくるサンタのモチーフは、コスプレばかりだな。本物をモチーフにした玩具がそこにあるぞ」

「これ電池で動くやつだね」

「サンタクロースをモチーフにした玩具は、一定の収集家がいる分野だからな。これも探してほしいと頼まれた品だ」

「ソリを引っ張るのにトナカイが一匹ってのは、荷が重いんじゃないの?」

「いいんだよ! さてと、”サンタクロースのスキーヤー(Santa Skier)”は、1950年代にバンダイが発売したものだな。同じモチーフの玩具は多いが、その中でもそこそこの人気があるぞ。そうだな、\20,000で手放してみるか? もちろん仲介料はそこからたんまりといただくがな」

「イヤだよ。クリスマス気分が味わえるんだから」

私は首を横に振ると『葛楽堂』を後にした。

2013年10月15日火曜日

元GAROのマーク復活

ひっそりとした『葛楽堂』の暖簾をくぐると、店の奥から店主がジロリと睨む。だが彼は手土産をもっていくと機嫌がいいのだ。まったく現金なオヤジである。


「桃源さん、いる? 鎌倉の”ともや”本店のわらび餅を持ってきたよ」


「お前、”ともや”なら、酒まんじゅうだろ?」

「なに言ってんの! わらび餅もおいしいんだよ。ところでさ、ガロってグループのこと知ってる?」

「『学生街の喫茶店』を歌ってた70年代のバンドだろ? マーク、トミー、ボーカルとかってヘンな愛称をつけてた3人組」

「そうなんだけどさ。そんな風に片付けられると、ちょっと抵抗があるっていうか…。愛称はグループサウンズにあやかっただけだし」

「面倒くさいヤツだな。デビュー曲『たんぽぽ』のガロなんだろ」

「そうそう! ガロは説明に困るんだよ。世間に知られているヒット曲は作家が書いた歌謡曲だけど、実際にはメンバー自身は作曲能力もコーラスもギターテクニックも一流で、初期のガロはヒット曲とは間逆の音楽性で勝負してたしさ。特にマークの作曲の才能は凄いよ」

「マークはガロ解散後にソロアルバムを2枚だして、音楽業界を止めたんだったな」

「そうなんだけど、1985年頃はトミーと二人でガロとしてライブハウスで演奏してたこともあったよ。その後は2007年頃からソロのライブ活動を再開してた。でも、その頃はガラガラ声になっててビックリした」

「一時期はネットにもいろいろと書かれていたな。お前の好きなビーチボーイズのブライアン・ウィルソンも、天使の歌声からガラガラ声になったんだから免疫はあるだろ?」

「それはそうだけどさ。事前情報とかなしでライブに行ったからね。それに以前はそんなことなかったよ」

「以前っていつだよ?」

「よくぞ、聞いてくれました! ちょっと自慢なんだけど、友達がマークの知り合いでね。西新宿のスタジオで、マークと僕と友人2人でセッションをしたことがあるんだよ。2000年10月だったかな」

「何の曲をやったんだ?」

ガロのファーストアルバムを、1曲目から最後まで順番に演奏したよ。マークの声は綺麗だったし、ギタープレイもカッコよかったな。終わってから、近くのデニーズで食事をしてさ。以前にドノヴァンのライブ会場でサインをもらったことはあったけど、まさかセッションができるなんて思わなかった。当時はボーカルの誕生パーティにも行ったりして感動ものだったな」

「ふーん、そんな話は別にいいよ」

「話はここからなの。そのマークこと堀内護さんが、2013年9月25日、37年ぶりに『時の魔法』っていう新譜を出したんだよ。これがなかなかいいアルバムなんだよね」

「新曲が収められてるのか?」

「半分ぐらいはガロやソロ時代のカバーなんだけど、新曲も収録されてたよ。声も戻ってきてた」

「カバーの収録は当然だろうな。音楽業界はビジネスとして関わる訳だから、営業としては売れなくてはならん。ヒット曲を含めての話題作りは当たり前だ。好きにすることが許されるのは、結果を出せる者だけだからな」

「それはわかるんだけど、すごいのはそのカバー曲がどれも素晴らしいってことなんだよ。カバー曲がオリジナルに匹敵することなんて殆どないじゃん。たいていは腑抜けた出来になっててさ」

「まぁ、よくある話だ」

「でも、『学生街の喫茶店』も『ロマンス』も曲の解釈がスゴイんだよ。アレンジはマークじゃないけど、『学生街の喫茶店』は強烈なオリジナルのリズムから開放されて、結成当時のガロのイメージでアレンジされててさ」

「ボーカルこと大野真澄氏も、2009年のアルバム『VOCAL’S VOCALSで『学生街の喫茶店』をセルフカバーしてたぞ。ライブも声質も魅力的だが、このカバーはカラオケを聴いてるみたいだったな」

「マークのカバーは、オリジナルを再解釈してるんだよ。でも、一番よかったのは『たんぽぽ』の新録。ガロ後期のアレンジが取り入れられて円熟味が感じられるんだよね。ちょっと感動しちゃったもん。あとさ、クレジットには出てないんだけど、『ロマンス』のコーラスには大野真澄が参加してるんだよね」

「それは、面白そうだな」

「ジャケットだけは少し不服かな。当時のマークをイメージしたデザインなんだけど、今のマークでいいじゃんって思うわけ。みんな歳をとるんだから。プロダクションには、そこをどう魅せるかってとこで勝負してほしかったな。それだけの作品を生み出せるアーティストだからね」

「復活したアーティストが、いい作品を発表するのは稀だ」

「でもさ。今回、こういう形でアルバムが制作されてホントによかったと思うよ。ファンの演奏サポートでライブをしてた時期があってね。ステップとしては大切だったと思うんだけど、やっぱり活動したり、アルバムを発表するなら、プロとしての形で出して欲しかったからね。ちょっと、聞いてる?」


「これ、旨いな」。店主は、わらび餅を頬張りながら、テキトーな相槌ちを打っているだけだった。




2013年9月25日水曜日

トワイライトゾーン・ザ・ムービー

ひっそりとした『葛楽堂』の暖簾をくぐると、店の奥から店主がジロリと睨む。だが彼は手土産をもっていくと機嫌がいいのだ。まったく現金なオヤジである。


「桃源さん、いる? 北鎌倉駅前の光泉のいなり寿司を持ってきたよ。おーい!」


「ここにいるぞ。たまに土産をもってきたからって大声をだすんじゃない」

「たまにじゃないよ。よく持って来てるじゃん」

「そもそもたまにしか来ないんだから、毎回持ってきてもたまにだろうが」

「屁理屈だなぁ。そんなことよりさ、さっき『トワイライトゾーン』の映画版のDVDを買っちゃったよ、1983年公開のやつ。オムニバスで4つのエピソードのうち、最初のは映画独自のオリジナルで、あとはテレビ版リメイクなんだよね」

「おまえ、好きだという割りに何も知らないんだな。どのエピソードもオリジナル版が原案になっている。ひとつめの『TIME OUT』は、『日本軍の洞窟』(Quality of Mercy)というエピソードが元ネタだ」

「だって、そういう記事を読んだことあるよ」

「オリジナルを観ればそんなことはすぐわかるだろ? 日本の国民感情を考慮した宣伝戦略だな。何せ、元ネタの舞台は終戦間際の1945年8月6日、フィリピンの洞窟に立て篭っている日本軍を米軍が攻撃する話だ。原爆投下の話題も出てくる」

「えっ、そうなの」

「実際のところ、サーリングは第二次大戦の末期に、フィリピン戦線で日本と戦ったアメリカ軍の中にいたからな。このときの体験が製作に影響したことは間違いないだろう。彼は”マニラの戦い”に参加していた一人で、サーリングのいた部隊の生還率は50%。死者は400人にのぼった」

「へぇー」

「もっとも、サーリングは戦後、日本に原爆が落とされたことを知ってショックを受け、原水爆禁止運動を展開しているがな」

「そうなんだ」

「まぁ、今となっては元ネタがどうこうよりも、”Time Out”の撮影中に主役のビッグ・モローと2人の子役が事故死したことの方こそが消したいことだろうな」

「それ覚えてるよ。ヘリコプターの事故だっけ?」

「そうだ。事故が起きたのは1982年7月23日午前2時30分頃。場所はロサンゼルスの北約64キロのインディアナ・デューンズ湖畔公園だ。モロー演じる主人公が、ベトナム人の子供二人を両脇に抱えて河の中を逃げ惑うシーンを撮影していたが、上空から迫る米軍のヘリコプターが、突如バランスを崩して墜落。モローと7歳の子役ミーカ・ディン・リー、6歳のルネー・シンイー・チェンは、そのプロペラでなぎ倒されて即死した」

 「気の毒に…」


「この事故は当然の如くスキャンダルになった。スピルバーグは現場にいなかったので、本来は責任を追及される立場ではなかったが、最後まで法廷に立たず逃げ通した。おまけにランディスとは、事故のあとに絶縁してしまう。さらにイメージ・ダウンを恐れて、この映画から手を引こうとしたが、スタジオは契約の履行を求めた」

「スピルバーグに事故の責任はないだろうけど、人としてはクソだね」

クソだな。製作総指揮のマーシャルも、次作『インディ・ジョーンズ』のロケハン名目で海外に逃亡するなど、結局一度も法廷に現れることはなかった」

こいつもクソだ」

クソだな。2人の子役の両親は訴訟を起こした。モローの2人の娘、カーリー・モローとジェニファー・ジェイスン・レイも訴訟を起こしたが、賠償金は請求せずに、ハリウッドの映画製作における安全基準の見直しに関しての訴えだった」

「それは少し救われる話だね」

「結果として、二人の子供のシーンのカットと幾つかの変更を条件に9月28日から撮影の再開が許可された。監督のジョン・ランディスは、事故の賠償金として3万995ドルを支払うことになる」

「ランディス監督もショックだっただろうね」

「まっ、こんな経過もあって、映画版『トワイライゾーン』のDVD化は、2007年まで待たねばならなかったのだ」

「なるほどね。でもさ、撮影中に主人公が亡くなっちゃったんだから、ストーリーへの影響も大きかっただろうね」

「そのことなら、ランディスの手によるシナリオの第3稿で、ある程度はオリジナルの構想がわかるぞ」

「どんな感じなの?」

「物語の始まりは同じだ。酒場からベトナムに送り込まれたビルは、破壊された村で、怪我をしたベトナム人の男の子と女の子に会う。ビルは彼らと自分に差なんてなかったことを悟るのだ。女の子が大切に持っていた壊れたバービー人形を差し出すと、ビルは『君達を傷付けたりしない。私は君達と同じように迷い怖がっているだけなんだ』と語りかけるが、そこに米軍のヘリが飛来する。ビルは二人を両脇に抱えて川を渡りながら、ヘリに向って叫ぶ。『助けてくれ!子供がいるんだ!』。でも、その声に反応して、ヘリはマシンガンとロケット砲を彼らに撃ち込んでくる。米軍の兵士には、ビルがベトコンに見えているのだ」

「それって…例の場面だよね」

「続けるぞ。爆発の中、逃げ惑うビルと一緒にヘリは周辺の村ごと焼き払う。ビルは二人の子供を抱えたまま川に潜り抜け、安全な反対側の岸辺に子供達を下ろす。その途端に、ビルはKKK団のいた南部、占領下のフランス、そして彼が最初にいた酒場の外へと飛ばされて、最後に車にはねられてしまう。怪我をして横たわるビルの傍らには、あのベトナムの子がくれた壊れたバービー人形があった…。まっ、こんな感じの話だ。大筋は変わらないが、ベトナム人の子供を救う場面が無くなってしまったことで、ビルの人物像に深みがなくなってしまったな」

「まだDVD観てないのに、聞かなきゃよかったよ」


店主は、悪魔キャラウォーラダーのようにニヤリと笑った。全く食えないオヤジだ。